生成AIサービスは、登録から使用開始までのハードルが大きく下がりました。個人のアカウントで即座に使い始められるため、会社として方針を定める前に現場での使用が先行するケースが増えているようです。報告書の下書き、議事録の要約、メールの文面作成。こうした作業を手早く済ませようとした社員が、業務データをAIサービスに入力するという経路は、特別な状況ではなくなっています。
2026年9月3日、RIZAPグループは、子会社であるライザップの社員が、会社として業務利用を認めていない外部の生成AIサービスに顧客情報をアップロードしていたと発表しました。対象には氏名・生年月日・メールアドレスだけでなく、高血圧症・糖尿病・脂質異常症といった疾患情報も含まれており、委託元となる複数の健康保険組合の公表を通じて、影響は合計で約1万9,996人分に及ぶことが明らかになっています。
社内で何のデータが、どのAIサービスに入力されているかについて即答できる企業は、現時点ではほとんどないのが実情ではないでしょうか。
この記事では、ライザップの事例を起点に、シャドーAIとはどのような状態か、なぜ中小企業こそ先に手を打つべきかを整理した上で、具体的な対策をお伝えします。
ライザップ事例が明らかにしたこと
事故の概要
社員個人が会社の承認を得ていない生成AIサービスを業務に使用し、顧客の個人情報および疾患情報をアップロードしていました。影響は1万9,996人分に及び、複数の健康保険組合の加入者データが含まれていました。
このような状態を「シャドーAI」と呼びます。会社が使用を認めていないAIサービスを社員が個人の判断で業務に使う状態であり、シャドーIT(会社非公認のITツール・サービスの業務使用)のAI版として位置づけられます。
特記すべき点として、ライザップ自身の公表では影響人数が示されておらず、規模を明らかにしたのは委託元の各健康保険組合でした。全国土木建築国民健康保険組合は1万9,996人分のうち同組合分が1,167人と公表し、IHIグループ健康保険組合はライザップより一日早い9月2日に、対象者210人と委託先がライザップであることを明記した上で公表しています。
情報を預かる立場が負うリスク
この点は、単なる情報開示の姿勢の問題ではなく、委託関係における責任の所在という観点から見る必要があります。個人情報保護法のもとでは委託元も監督責任(法25条)を負っており、委託先での漏えいはそのまま委託元の問題にもなりえます。
この構図は、中小企業にとっても無縁ではありません。取引先の設計図面を保持している製造業の下請け、患者情報を扱う医療・介護施設、顧客データを処理する業務委託先のサービス業者など、これらはいずれも情報を預かる側の立場にあります。社員がシャドーAIを使って入力した情報の中に取引先から預かったデータが含まれていた場合、自社だけの問題では済まなくなります。管理体制が手薄になりやすい中小企業では、このリスクを大企業特有の話として読み流すことは難しいでしょう。
シャドーAIはなぜ起きるのか
便利さの先行&ルールの後回し
生成AIサービスは登録ハードルが低く、個人のアカウントで即座に使い始められます。顧客管理・報告書作成・議事録整理など、データを扱う業務での活用が進みやすく、入力内容のリスクは後から考える傾向があります。その結果、機密情報が意図せずAIサービスに渡る経路が生まれます。
ただし、AIサービスに情報を入力すること自体が、直ちに個人情報の漏えいに当たると一概に言えるわけではありません。一方で、無料プランや個人向けの契約形態では、入力内容がAIモデルの学習に利用される設定になっている場合があり、その場合は学習データを通じて第三者に情報が渡る可能性を否定できません。入力した情報がどのように扱われるかは利用するAIサービスの契約内容・設定次第であり、それを確認しないまま利用を続けている状態そのものがリスクだといえます。
ここで押さえておきたいのは、シャドーAIによる情報流出が「外部からの攻撃」ではなく「内側からの流出」であるという点です。ウイルス対策ソフトやファイアウォールは外部の侵入を防ぐために設計されており、社員が自ら情報を外部サービスに入力するという行為には機能しません。技術的な防御だけでは対応できない種類のリスクです。転職時に顧客データを持ち出すといった内部不正と、構造的には同じ経路をたどるという点でも、人を起点とした情報流出への備えは、外部攻撃対策とは別に検討する必要があります。
「禁止すればよい」では実態は変わらない
業務利用を全面禁止にしても、確認手段がなければ実態は変わりません。生産性向上の観点から、適切なツールの活用自体を否定しにくい局面が増えているのも事実です。必要なのは使わせないという方針ではなく、何をどのAIに入力してよいか、何はいけないかを明文化することです。
個人情報保護法は事業者に対して個人情報の安全管理措置を義務づけています(法23条)。その義務を果たすには、前提として自社が何のデータを保有しているかを把握することが求められます。禁止するだけではこの義務を履行したことにはなりません。ルールを文書化し、実態に即した運用に落とし込むことが、法的な義務の履行と一致します。
中小企業が先に着手できる対策
まず「何のデータを持っているか」を把握する
AIに入力してはいけないデータを定めるには、自社が保有するデータの種類を先に把握する必要があります。顧客の氏名・連絡先・決済情報・健康情報・取引履歴など、業種によって扱うデータは異なります。存在を把握していないデータは管理のしようがなく、漏えいの後に初めて「あのデータもあった」と気づくケースは少なくありません。
データの棚卸しはセキュリティ対策全体の出発点であり、費用をかけずに着手できる作業でもあります。自社が保有する情報を一覧にするという一歩が、後続の対策をすべて支える土台になります。
AIツール利用ルールを文書化し、実態と照合する
「情報セキュリティ基本方針」や「生成AI利用ガイドライン」として、A4一枚程度にまとめるだけでも実務上の効果があります。最低限盛り込む内容は、利用可能なAIサービスの範囲、入力禁止データの種類(個人情報・取引先情報・機密情報等)、違反時の対応方針の三点です。外注先・委託先の利用状況も確認対象に含めることが重要であり、業務委託契約にAIツール利用の取り扱いを明記しておくことも有効な手段となります。
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)のSECURITY ACTIONの取り組みとも連動させることができ、取引先からのセキュリティチェックシートへの回答材料としても機能します。情報セキュリティポリシーの作成手順については、こちらの記事で詳しく解説しています。
ただし、ルールを作るだけでは文書と実態が乖離したままになるおそれがあります。業務端末の利用状況を確認できる管理ツールの活用や、社員が現在使用しているAIサービスを申告させる承認済みリストの運用など、実態を把握する手段を合わせて整えることが対策の実効性を左右します。シャドーAIは内側からの流出であるため、外部攻撃対策とは別に、この確認の仕組みを用意する必要があります。
まとめ
シャドーAIの問題は、悪意のある行為よりも、ルール不在の状態で便利なサービスを使い始めたという経路で発生することが多く見られます。対策の出発点は高度な技術導入ではなく、自社が何のデータを保有しているかを把握し、何をどのAIに入力してよいかを文書化するという二点にあります。
文書化と実態確認の両方を整えた事実を記録として残すことが、取引先や顧客からの信頼の根拠になります。外部からの攻撃対策を強化しても、内側からの流出が手つかずのままでは対策の全体像は完成しません。この観点から着手する企業がまだ少ないうちに、整えておく価値があります。
以下の項目で現状を確認してみることをお勧めします。
- 社員が業務で使用しているAIサービスを会社として把握しているか
- 生成AIへの入力を禁止するデータの種類が明示されているか
- AIツール利用に関するルールが文書化され、社員に周知されているか
- 外注先・委託先のAI利用状況を確認・契約で整理しているか
- 承認済みリストや管理ツール等、実態を把握する手段が整っているか
社内でAIがどのように使われているかを確認した上で、ルールの文書化や実態把握の進め方にお困りの場合は、まずご相談ください。生成AIの利用ガイドライン策定から、データの洗い出し、実態確認の方法の整理まで、一緒に進めることができます。
情報セキュリティに関する規程整備やセキュリティチェックシートへの対応については、こちらのページもご参照ください。

情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)/行政書士/個人情報保護士
ビーンズセキュリティサービス代表(ビーンズ行政書士事務所内)
「セキュリティが詳しくない経営者でも、統制できる仕組みを作る」をテーマに、情報処理安全確保支援士と行政書士のダブル国家資格を持つ専門家。中小企業の経営者・役員向けに各社に適したセキュリティの”はじめの一歩”をご提案します。
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